2008年04月16日
なぜ、スポーツなのか?2
スポーツでの教育なんですが、
前回の記事でも書いたように、
グランドで体育館で
思い切り自己を表現すること、
それが大切だと思うのです。
日本の学校で行なわれている
筆記試験は、答えが1つの場合が多いです。
正解することがけっこう、難しい、
それに、意味不明な問題が多い。
学生時代、国語のテストで
ぼくがよく間違えた問題は、
作者(主人公)の意図を問う問題でしたね。
ぜんぜんわかんな~い
作者の気持ちなんて俺には理解できません。
最近、ある本で読んだのですが、
ある作者が、設問に対して全ての選択肢が
答えになる、ということを書いていました。
こんなもんです~。
スポーツなら
答えを1つにする必要はないのです。
野球のバッティング・フォームは
正しいスイングなど、恐らく存在していませんよね。
色々な理論があり、それぞれの選手が
独自のスイングを行なっている。
バスケットでも
シュートの形はいくらでも自己流にアレンジできる。
で、これまでのスポーツ指導の
常識を変えるために、
サークルでは、
型にはめない指導を行ないます。
自己流ウェルカムです。
固定観念を捨て、
あらゆる形を受け入れます。
(ただし、故障を招く動作に関しては改善します)
どうしても、
長年スポーツに携わっていると
思考が堅くなってしまって、
新しいものを認めることができなくなってしまいがちですが、
それを排除して、
こどもたちが
自由にパフォーマンスできるようにします。
それで、こども達が満足できたらOK
なんです。
もしかしたら、
この自由な動きから
新しいセオリーが誕生するかもしれませんからね。
楽しみです。
一人ひとりが答えを持っているのがスポーツだと思うのです。
だから、いつもみんな100点を取ることができると思うのです。
どうですか?
みなさん。
なぜ、スポーツなのか?
ぼくの意図がご理解いただけたのではないでしょうか?
異論反論あれば、もちろん賛成の方も
コメント、メールにて
遠慮なくお伝えください。
ではでは。
前回の記事でも書いたように、
グランドで体育館で
思い切り自己を表現すること、
それが大切だと思うのです。
日本の学校で行なわれている
筆記試験は、答えが1つの場合が多いです。
正解することがけっこう、難しい、
それに、意味不明な問題が多い。
学生時代、国語のテストで
ぼくがよく間違えた問題は、
作者(主人公)の意図を問う問題でしたね。
ぜんぜんわかんな~い
作者の気持ちなんて俺には理解できません。
最近、ある本で読んだのですが、
ある作者が、設問に対して全ての選択肢が
答えになる、ということを書いていました。
こんなもんです~。
スポーツなら
答えを1つにする必要はないのです。
野球のバッティング・フォームは
正しいスイングなど、恐らく存在していませんよね。
色々な理論があり、それぞれの選手が
独自のスイングを行なっている。
バスケットでも
シュートの形はいくらでも自己流にアレンジできる。
で、これまでのスポーツ指導の
常識を変えるために、
サークルでは、
型にはめない指導を行ないます。
自己流ウェルカムです。
固定観念を捨て、
あらゆる形を受け入れます。
(ただし、故障を招く動作に関しては改善します)
どうしても、
長年スポーツに携わっていると
思考が堅くなってしまって、
新しいものを認めることができなくなってしまいがちですが、
それを排除して、
こどもたちが
自由にパフォーマンスできるようにします。
それで、こども達が満足できたらOK
なんです。
もしかしたら、
この自由な動きから
新しいセオリーが誕生するかもしれませんからね。
楽しみです。
一人ひとりが答えを持っているのがスポーツだと思うのです。
だから、いつもみんな100点を取ることができると思うのです。
どうですか?
みなさん。
なぜ、スポーツなのか?
ぼくの意図がご理解いただけたのではないでしょうか?
異論反論あれば、もちろん賛成の方も
コメント、メールにて
遠慮なくお伝えください。
ではでは。
Posted by 沖縄SUN at 11:40│Comments(0)
│教育